2023年07月10日

#988 修行のこと

修行をするとかしてきたとか、そういう話ではないんです。そもそも修行したからどうなんですか?という疑問の話。店長です、こんにちわ。色々コジレてる男。

さて、例えば技術的な事や知識・ノウハウの修行をした人というものは、それは素晴らしいでしょう。その修行をいかんなく発揮されていることと思います。ここの疑問も反論もございません。私が申し上げたいのは「宗教上の修行」です。長期間山に籠もって修行した、俗世から隔絶された秘境で一人過ごした、何日も毎日毎日滝に打たれて開眼した…等。それの行動自体は凄い事です。誰にもマネできない凄い事なのでしょう。それをやってみないと分からない、開けてこない、見えてこない境地もあろう事かと思います。しかし…それと「人徳」って同一視していいの?って事です。良く聞きますね、仏教や神道で誰も為し得なかった修行をしてきた素晴らしい住職・神主様が…と。その修行の過酷さは想像するしかないですし素晴らしいんですが、彼らが説く功徳は本当なのでしょうか?至極当たり前な事だけを言ってありがたられているだけのように思えてならない。ホントごめんなさい!本当の人徳者というものに出会えたことがないだけなんだと思います。だからといって新興宗教などの勧誘はしないで下さい。商売にも差し支えますので。
俗世を離れて精神的・肉体的に険しい修行を長期間したからといって、俗世間で悩む我々をどう導けるというのか?(ホントごめんなさい)よほどその俗世間の表裏を知り尽くした人生に苦労してきた人のアドバイスのほうが沁みませんか?と。誰とも会話することなく一人で厳しい修行をしたからといって、人間関係に悩む我々俗世間への打開策なんて見えてくるんですか?と。「礼を持って接しなさい」だとか「感謝の気持ちを忘れるな」とか、そういう事は分かりきっていて悩んでいるはずなんですよ。また、そうやって突き詰めると他人との関係や自己の気持ちでつまづいている人が、どうしてそんな宗教にハマッてしまうのか?まぁここは冷静な判断ができない極限だったり、頼るモノが欲しいという様々な理由があろうかと思いますが。厳しい修行をしてきたからと簡単に祭り上げてしまう、様々なメディアに登場したり書籍を出したりする…というのはどうなんだろうか?と甚だ疑問を持っている店長でした。
誰しも生きていれば修行と呼称しないだけで様々な経験で生きていると思うんですけどね〜。



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