2018年11月19日

#746 同窓会のこと

先週土曜日でしたが中学校時代の同級会を開催して色々と感慨深くなっておりました。じつに2年前より準備をしていた店長です、こんにちわ。充実感でいっぱい。

さて、遡ること2年前に突然、私が同窓会会長だったという事実を知り、伴って卒業して30年目に同級会を大規模にやらねばならぬという伝統があると知り、この2年前時点から準備を始めたわけです。これは過去にも記事化しておりました。今読み直しても涙無しには見られないですね。不安で押しつぶされそうな、生まれたての子鹿のようにブルブル震えていた私。それももう終わったのです。一気に肩の荷が下り憑き物が取れた爽快感です。当然ながら、私一人で成しえたものではございません。数多くの皆様方にご協力を頂き、心より御礼を申し上げます。この場をお借りしまして誠にありがとうございました。
私の卒業した平成元年は仙台市ではじめて「区政」に分かれた年でもありました。卒業アルバムには住所が載っておりましたが、その後の区分けにより住所名称自体が消滅したり変わったりという事例も多く30年経った今、それらを回収することは現実的ではございませんでした。約380名いた同級生の三分の一がJRとNTT社宅の子供だったということもあり、その後の消息は途絶え、卒業後も連絡を取り合っているであろう友人関係を辿るという、何ともローテクな方法しかございませんでした。SNSなどのネットツールを使えばいいかと思えば、私の世代は若い若いと申しましてももう45歳。Windows95がこの世に出た時には、すでに学生では無かったのです。それでも卒業アルバムとにらめっこしては名前でネット検索してみたりして奇跡的に見つけ出した人もおりました。難易度が高かったのは結婚して名字の変わってしまう女性でした。病気や事故で体に不自由がある方もおりました。鬼籍・物故もおりました。そして毎月毎月懐かしい友人たちを探し求めてミニ同窓会のようなものを企画し、来てくれた人たちにも協力を仰いで翌月への宿題にするという地道な方法しかありませんでした。恐らくですが、今でも同級会を開催していたことを知らないままでいる方々もいらっしゃると思います。私の不徳と致すところです、申し訳ない。結果的に出席者80名弱でしたが遠くは米国ハワイから、福岡から、東京都といえど八丈島から!同級会だけの為に来てくれたのには嬉しくて嬉しくて、どう表現すればいいか分からない状況でした。
今あの同級会から二日が過ぎ、心に残るのは驚くほどに風体が変わった人はいなかったなぁという事。一瞬で思い出せる中学時代の面々でした。確かに歳はとりましたがお互い様です。やってみてやっと理解できました、卒業30年目で同級会をしなければならない伝統の意味です。とにかくいつもの日常に強制的に身体を戻す生活がしばらく続くことと思いますが、今までの30年間、歩んできた人生が正しいものだったのか、これからの自分はどうなのか、ゆっくり考え直してみたいキッカケになりました。

仲間を探すために尽力してくれた皆様、誠にありがとうございました。
ご出席頂きました皆様に心より御礼申し上げます。
最後に、でももう二度と会長幹事はやらないからね☆



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