2018年07月02日

#726 落とし所のこと

サッカーワールドカップロシアにおいての日本vs.ポーランド戦は色々な議論を巻き起こしましたね。試合は負けたのに決勝トーナメントへ進んだ日本。これをどう見るかで喧喧諤諤。店長です、こんにちわ。サッカーに疎いのに見る男。

さて、かくいう私も試合直後に「これってどうなんだ?」と思ったものです。日本代表に対して否定でも肯定でもない。どう「落とし所」を自分の中に見いだすか?だけの材料探しでした。「目の前の試合に全力で頑張ってこそのスポーツマンシップだ」対して「ワールドカップで優勝が目標である以上、高度な戦術であれ違反で無い以上は何でもすべきだ」といった感じでしょうかね。時間が経つにつれて「そんな選べるほど四の五の言っていられる状況かね、日本は」といった冷静な意見も出てきて、自分の中では「これで良かったんだ」に落とし所が付いたわけです。
この「落とし所」という考え方がすでに大人の悪い部分というか、スレているようで人間社会では必要な概念なのではないかとも理解しているわけです。立場や背景、理想と現実などによって目的や手法が変容し、次第に目標が変わっていくなんてよくある話です。一貫して最終目標や理念は再確認していかねば忘れてしまう。捕らわれすぎると時代に添えなくなる。このへんのバランス感覚が大人には大事なんでしょうか。
仕事において、この落とし所といいますか、賛否を問わず自分を納得させるための材料を欲しがって足掻く自分がたまに見受けられます。自分を納得させられればいい。気持ちの問題というやつです。『痛し痒し』(いたしかえし…と間違えている人が多い)というもので痒いから掻くと痛くなる、何もしないと痒くて気になるという事ですが、…何でしょうか。この歳になってから特に迷う事が多くなった気がします。四十にして惑わず…不惑ってウソですね!むしろ増えていく。人からどう思われようがどうでもいいのですが、途中や後から「やっぱり…」と迷わないだけの勢いというか自らの動機が欲しいと考えています。その指針として目標や理念があるのですが、方法論の違いだけで向かう場所は同じな場合、一体どうしたらいいものか。

抽象的な文章で申し訳ございませんね。ブログは書かねばならず、しかし書く内容が決まっていない場合は、どうしたらいいものか…という事には気づかないで。店長でした。



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