2017年11月27日

#695 指導のこと

縁あって、「今の若者」の指導というか、コミュニケーションの取り方について大変納得できる講義を聞けたのでご紹介しようかと。店長です、こんにちわ。受け売りは得意なほう。

さて、団塊の世代ジュニアに属する私にとっても、今の若者というか現在の20代くらいまではその思考を推し量りづらいものがあります。笑い話になっておりますが、新入社員の若手に「コピーを取ってきて」「お茶を入れてきて」と頼むと「どうしてですか?」と返してくるのです。もちろん全員ではございませんが。彼らにとって行動の動機は私達オジサン世代が思う以上に重要で、大まじめなんですね。そこを理解しないまま反抗されていると判断し「いいから早くやれ!大学も出てきてそんな事もできないのか」なんて言うと「大学でお茶の入れ方やコピーの取り方を教わってません」と返されるというのです。呆れる笑い話ですが、ここには現代の若手が育ってきた環境が大きく作用しており、その教育環境の善し悪しではなく、現実にそうなっているという事実をオジサン側で理解しないといけなかった話のようでした。
現在の日本の教育は間違いなく世界一なんだそうです。一般教養から始まり環境・モラルから心まで、何でもかんでも分かりやすく体系化されたフルカラーの絵図を交えて教科書が作られています。しかも覚えるべき事柄はずっと少なくしていっており、その代わりに時間を割いている事は道徳観やモラル、地域貢献や体験型学習などなんだそうです。その教育は心の問題にまで及び、人間関係まで教育化しています。ここが問題で「人間関係」というものは自分と相手のパーソナルで決定するものであって、教育されてどうにかなるモノでもなければ、教えてもらうべきものでも無かった。しかし教育化されたことによって人間関係やコミュニケーションが「教育目標」となるのです。目標になってしまうことが裏目に出た良い例かも知れません。その目標を達成できないことは、すなわち落伍者であり出来損ないの評価になります。昔であれば「個性・性格」だったはずの部分に目標を設けられてしまっている。すると起こる事は没個性であり、動機づけや命令の意味を自分で考えて自分で落とし所を見出していくことをせず「どうしてなのか?」といちいち尋ねることになります。解説されれば理解できるのです。どうして必要なのか、どうして今やるべきなのか、これを説明されれば素直に聞くんですね。一言でいえば「無知の子供を相手にしていると思え」かなぁと。ちゃんと説明する必要があります。教育はされてきていても、その動機を考える機会を与えられないまま育ってしまったからではないでしょうか。
話を戻しますが、「どうして今、お茶を出さねばならないのか、出すことによって自分にどんな利益があるのか」「コピーを取ってくることで、会社全体にとってどう作用する行為なのか」を説明する必要があるんですね。一度説明すれば理解しますし覚えます。しかしここでガツンと怒られてしまうと殻に閉じこもってしまうのは仕方の無いことではないでしょうか。

今まさに中学一年の長男に対して、どうせっするべきかという事を考えていただけに貴重なお話を聞けたなぁと思っておりました。親子だけではないんです。会社や組織やご近所など、多世代間交流を考えたとき、若者というものが一番異質なんだと思うのであれば、現在の義務教育がどれほど自分の頃と違っているのかを理解すべきなのかも知れません。



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