2017年05月29日

#669 余命のこと

先週水曜日に、当店従業員の父が亡くなりました。結構な高齢ですでに終末医療(ホスピス)になっておりました。何かにつけては仕事中でも父の容態に際して飛び出して駆けつけざるを得なかった従業員にとっても肩の荷が下りたと同時に、父親との思い出もあろう事かと推察する次第です。店長です、こんにちわ。ご冥福をお祈り致します。

さて、大変不謹慎な記事となろうかと思います。不謹慎だと自覚がありながら疑問として呈しておきたい。4月の末には従業員の父親はそろそろあと3〜6週間…という余命を宣告され、その報告も受けておりました。従業員本人にも大変失礼と言いながら「母の日に被らなければいいな」と私は口に出しておりました。仕事の繁忙期にぶつかれば大変な状況になるからです。そこで従業員が忌引きに入り、その葬儀に関わる生花の注文も当然当社でこなさねばなりませんから、最悪の想定を管理する側の私としましてもどうしても、どのタイミングであるかは死活問題でした。幸いにも(という表現が妥当とは思いませんが)母の日も問題なく過ごされ、先週の不幸となりました。水曜に亡くなり、中一日をおいて金曜日に通夜、土曜に告別式でした。納骨を数日後に控えているという状況ですが、繁忙期ではないためきちんと当店としましても従業員の葬儀に尽力できました。
以前から思っているのですが、最近の葬儀は週末に通夜や告別式が大変多くなった印象があります。週の初め、例えば月曜や火曜の通夜・告別式をあまり聞かなくなりました。当然、亡くなる日から通夜・告別式までの日取りをある程度調整して集まりやすい日取りにしているからという事情も想定されますが、厳然として「四日仏(よっかぼとけ)」と「友引」は避けるという風習もある都合、人の死から告別式までの日取りはそうそう動かせるものではございません。逆に24時間以内の埋葬も法律で禁じられています。つまり週末の通夜・告別式が多いという事は…。そんな事はないと思ってますよ、思いますがしかし…。少しでも命を繋ごうと必死に日々戦っておられるであろう医療機関の皆様に大変失礼な事と承知で申し上げますが、医療機関での終末医療、その一部には亡くなる日取りまで含まれているのではなかろうか…という邪推。確かに医療の発展は凄まじいです。色々なケースや人の生き死にのデータを集約していけば、同様のケースで亡くなるであろう人達の死期をある程度正確に予想できるのかも知れません。それでも例外という事例もあるためなのか、例えばガンなどの場合では治るか治らないかという観点ではなく「5年後・10年後の生存確率」という表現を必ずしますね。進行度合いを4段階のステージに分けて5年後の生存確率をデータとして出す。人の生死、そのついえる日もまた「あと数週間」という表現で分かってしまう。当然ながら本人はもう、それを聞いたとしても理解できる状況にない場合がほとんどではないでしょうか。
自宅で亡くなるという事例がほぼ無くなった現在、医療機関で迎える死という事に対してある程度の期限が予測できる状況というものは有り難いと感じる方もいれば、残酷と感じる方もおられるでしょう。最後の瞬間まで自我を保っているほうが幸せなのか、モルヒネなどの鎮痛剤投与によって自我や意識があるのか無いのか確認のしようもない状況でいるほうが幸せなのか…。いつかは自分にも来る終末医療に関して、最前線にいる医療機関の方々に本音を聞いてみたいと思った次第でした。



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