2016年08月01日

#0627 対局のこと

東京都知事選、ご覧の結果になりましたね。仙台の辺境より東京都政の行く末を見守りつつネタはないかとニヤニヤ・ドキドキしていた店長です、こんにちわ。政治ネタは避けたいところ。

さて、永遠のテーマでございますところの「対峙するなら敵の存在が重要」といいましてね、つまりウルトラマンであれ、仮面ライダーであれ、スポーツ全般であれ、対する明確な敵が強烈だから正義や主人公が生きてくるわけです。たとえ正義や主人公を標榜していても、そこに迫る実力や影響ある敵がいないのでは物語になりません。別に物語性を求めてはいないのでしょうけれど、大衆の心を動かすのはいつの世も激動の物語であって伝説であって予測不能なストーリーだったりします。これは対決だけではなく、ヒット商品の売り出し方にもいえることで、そのモノの魅力よりも誕生秘話やら販売のサクセスストーリーやらのほうが一人歩きするなんて事もままあるわけです。
そこで今回の「リベラル」と一括りに表現しますが野党連合ですね。かれらを悪とするか正義とするかは置いていて、強烈なライバルという立ち位置になり得たか?というと、ならない。自民党や保守政党の対局としてリベラルがあるとザックリ定義した場合、やはり切磋琢磨できるまでのパワーバランスがないのです。たとえば原発反対と言いますね。具体的な手法とロードマップと、それによってどうなるのかというビジョンがない。現政権の批判一辺倒です。さらに言うとこのリベラルの方向性というか、やるべき理想論が多すぎるのです。ともすれば現政権と変わらない最終目標になってしまい差を付けられない。原発の廃炉は現政権でも謳っているのです。いずれは再生可能エネルギーにシフトするよと。技術的に可能になったらね…という緩やかなものですが。即時廃炉という言い方はしてませんが、それって最終目標は一緒です。どちらが現実的か?というだけ。リベラルの支持層を「労働者」とした場合、現在の労働者の選択肢が多すぎる事も起因します。土建業・製造業だけではないのです。プログラマーだって水商売だって花屋だって労働者。昔のように一つの旗印だけで民衆を集めることはできない。政権担当能力の無さも露呈してまだまだ記憶に新しいだけに厳しい状況は続くのではないか。
話を戻しますが、リベラルが強烈でないと保守も正常には動かない。逆もまたしかりで、一党独裁状態に正常な国が存在しない。これはこれで今は危機的状況なんだなという認識でいるわけですが。もっとリベラルには頑張ってもらいたいというのがホンネです。とはいえ保守な私ですけど。
オマケですがSEALDsという団体がおりますね。現在の無気力・ゆとりと言われる若者の中にあって、行動力を示した事は素直に評価したいのです。周囲の大人に利用された格好にせよ、国会にまで意見しに行ったのはいい思い出です。私にしてみればあの年齢で国の将来を憂いて行動するなんて思いも寄らなかった。今ですらそうです。手法とやり方が間違った感も「若さ」というものでカバーですし、間違っていると思われていても、笑いものにされたとしても、とりあえずでも彼らの意見を聞いてみようという日本社会もマンザラ捨てたものではない世の中なんだなっていうのが私の感想です。このままコジらせることなく、積極的に対局側の意見をジッと聞く姿勢ができてはじめて大人になるんでしょうね。口を開かないことが彼らのこれからには重要だと思うわけです。

常に輝く私に、その輝きを増すライバルの存在?
いやしませんよ、人類皆兄弟ですから!
八方美人な店長でした。




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