2015年06月01日

#0566 渇望のこと

商業デザインと一括りしますが例えばクルマ、例えば衣服から装飾品まで、どんなものでもデザインがあり、それに選り好みがあっての商売です。店長です、こんにちわ。一応デザイン業の男。

さて、デザインとは申しましても商業的なものに限りますと実用性というファクターが大部分ですからクルマでいう「フォーミュラーカー」のようなレースに特化したようなデザインは商業デザインとは申しません。たいがいのファッションショーに出てくる衣服は実用的とはほど遠く、デザイナーも提案であって実用化される事を目論んでいないでしょう。フラワーデザインも一緒で、フラワーコンペが大小様々にあり、そういった大会で名を挙げた猛者というものはおります。しかし実用的か?というと日々の実務的なデザインはよりシビアだと感じます。デザインとしてのバリエーションが少なくなるというか。
生花である以上、水は必要不可欠ですし、日持ち・設置場所・季節感や色彩など、加味すべきことは意外と多く、これら制約を守ったうえでのデザインはどうしても似たり寄ったりになってマンネリ化してしまいがちです。ここをいかにマンネリ感なく提案するか…が使用するお花の季節感だったりしますが、誕生日など一年に固定していたりすると季節感は同じです。見せ方(=デザイン)になってしまう。この引き出しがこの頃欠乏しているような気がしてなりません。言ってしまえばフラワーデザイン界ではデザインがほぼ出尽くしたとさえ言われております。その前にデザインの流行を打ち出してローテーションさせる(服のような)努力も必要じゃないかと思うのですが、業界として一枚岩というわけでもなければ「誰が何の責任で流行を創るのか」といった文句なしにデザインリーダーとなれるようなガリバーも存在しないのが現状と理解しています。難しいことに服のように「フォーマル」「カジュアル」のように使用用途が明確に違うのもフラワーギフトでして、ただ流行だけを追いかけるわけにも行かないんだという事ですね。
しかし私は自分にもうチョット引き出しが欲しいと思い始めているのです。こう見えても日々ちゃんとお花に触って制作も納品もしています。誰ですか?一日パソコンの前に引きこもっているだけとか誤解しているのは。べつにお客様からマンネリを指摘されたわけでもなければご満足を頂けている実感もございます。これは危険な自己満足の世界に進んでしまうのではないかという危惧もございます。で、この渇望を満たし打開する方法を私は知っています。ずぶの素人の制作に付き合う事です。思わぬ色合わせ、思わぬ構成や配置をしますが、ここに最大のヒントがあります。創っている本人は「上手く行かない」と嘆いているそばで一人ニヤニヤしながらヒントを得ていく…。しばらくこんな機会に恵まれていないなぁと感じたわけです。経験上6人程度に店内のお花を好き勝手に選ばせてお花を作らせてみるという、勇気が要る作業ですが、今ならお花の相場も安いですし可能なはずなんですよねぇ。『花屋さんが、花屋さんで技術を教えないのに講習会』って面白い企画を立ててみようか…と思案中なのです。
やったとして参加したいですか?(笑)



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