2014年12月21日

#0543 継ぐのこと

年末差し迫って気持ちばかりが焦りだしてまいりました。そうは言ってもやることはほぼ毎年決まっていて失礼ないようそつなく粛々とこなしていくだけですが店長です、こんにちわ。既定路線とか嫌い。

さて、そう忙しい最中でも時間は作るものでして、先日数年ぶりで仙台へ帰ってきた友人との一席を楽しみました。友人…といっては語弊があるかも知れません。何せ親子ほど歳の離れた大先輩ですが、友人として接してくれている尊敬すべき大人の方です。名を挙げればおそらく誰もが知っている全国展開の超大型量販会社社長様でして、まさかそうなるなんて思いもせず15年を超えるお付き合いをさせて頂いている方です。得てして私は交友関係に年下が数えるほどしかおらず、同年代と何よりも多いのが年上の方々、世代別に言うとまさに現在60代〜といった高齢者の方々に交友関係が多いのです。狙ったわけでも意識もしておりませんでしたが、逆に言えばこれだけ活動的(?)に落ち着き無く動き回っているはずの私でもあまり同年代や年下との交友が少ないという事は、30〜40世代は何をしているんでしょうか?と疑りたくもなるわけです。確かに私の交友関係比率を考えればずっと年上ばかりに好まれる言わば『オヤジ臭い』男なのも否めませんけれども。
今回の社長様に限らずですがこのところ、私との話題はもっぱら「息子が継いでくれない」という悩みです。親子ほどに歳が離れているせいもあって、私を自分の息子とオーバーラップしてしまうのも理解できますが、私にしてもおよそ理解に苦しむ。私の周囲の60代以降はそうそう生活に困っているような経済状況になく逆に誰もが羨むほどの上流家庭であって、会社経営者も多い。そんな方々に限って言われるのです「息子が継いでくれない」と。継がない理由が見当たらないほどの厚遇と社会的ステータスが約束されていると思うと、何故わざわざ茨の道を選ぶのか。私にも分からない。しかしあまりに多く聞かれるようになったため、私も自らがどうして花屋を継ぐ事になったのか思い出すようにしてみたのです。そして衝撃的な違いが見つかったのです。
私は子供の頃から親に「花屋をする為に生まれてきた」「花屋以外の事をしたくば、まず花屋の道筋をつけてからにしろ」「高橋家代々の名前“正”を継いでからの宿命」極めつけには「花屋やらないなら生まれた意味がないから殺す」とまで言われました。これはみんな家業のある人は言われているものだと思っていたのですが違うんですね!うち以外の方々は「息子がやりたいようにすればいい」「家業を継がなくても仕方ない」「真にやりたいことがあるなら家業は心配するな」と随分優しい父親だったようです。まず思ったのは「羨ましい!」でした。自分もこう言われていたなら…やはり好き勝手な道を模索していたことでしょう。そうなんです!ココが違うんですね。子供の頃から「継げ」「継がなきゃ殺す」と言われて育ったからこそ私は別の道に行こうともしなかった。のではないか?
この話をしたところ「もうそんな時代じゃないと思いつつ言わなかったけど、本来はそうあるべきだったのかなぁ」と考え込まれて返す言葉も見当たらない次第でした。私の家は商売が上手く行っているから父親が強気で言えたのだろうというツッコミもしばしばありますが、現在の父親に聞いても答えは変わりません。商売が順調であれ不調であれ大赤字があったとしても継ぐしかないと。ああ、そういえば尾崎豊さんの曲全般に好きですけれど共感しきれない部分があるのはここなんでしょうかね。「何故生きているのか?」「どうして大人にならなければならないのか?」という彼の世界観は私には全く無縁だったからでしょう。





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