2013年07月01日

#0466 失言のこと

インターネット万端の時代です。個人の意見が広がりやすく、同調や批判を集めやすく、商売やPRやこれを意図としないもの、意識・無意識に関わらず発言は記録に残ります。店長です、こんにちわ。失言ばかりが逆にキャラクターになりつつある男。

さて、有名・無名を問わず「それはどうなの?」と思うようなズレた発言をネット上でブログやツイッター、フェイスブックなどで堂々としてしまい、知人でもない不特定多数の人々からバッシングされ、いわゆる「炎上」する。ずっと以前からあったのですが、この頃特に目立ってきた感がありますね。私もこうして週に一度の更新をしているブログがある以上、対岸の火事ではなく炎上が引火したりする事もあろうかと襟を正すわけですが。政治家の失言がよく取り沙汰されるのですが、これは個人の意識の問題に対しての意見・批判が大部分でしょうけれど、それを扇動して広めて選挙に影響させようとする意思が働いているという事もまた考えておかねばなりません。身から出たサビ、自分で招いた事とは言え、命まで落とす人が出たりするのです。そして批判していた人達はなにも命まで取ろうとしていたはずではなく、失言を補えるだけの誠意ある対応をして欲しいというのがホンネだったはずです。発言一つで、具体的に誰かが傷つくような事でもない失言でさえ、社会的に抹殺されてしまうというのはとにかく怖いですよね。一生レッテルを貼られたままという事になります。いくらネット上から発言を削除しても、すでにその証拠を残している人はいて、永遠にネット上に出回るのです。
決して許されることではない発言も確かにありますよ。弁護する意図はありませんが、私だって卑屈な発言をしたり、自分でもおかしいと思いつつも「言ってしまった失言」なんていくらでもあります。文字にまではしませんが会話では特にあることでしょう。知らずに別の立場の人を追い詰めるような事はよくある事です。要は気付いたか気付かないか、口で言ったのか、文字として発信したのかだけです。例えばある立場の人の失言で誰かが傷つき、それによって不特定多数の人から批難され、社会的地位を失ったり命まで落としたりします。失言によって一番傷ついた人がそれで喜ぶのでしょうか?もし私が被害者なら、それ以降の生活は耐えられませんね。勝手に失言して勝手に死んだのだ…と割り切れるでしょうか?ザマ見ろ!と思うでしょうか?とてもそうとは思えません。
家族でいてよく子供を叱ります。でも可能な限りですけど、妻と私の二人で同時に叱る事はしないようにしています。「もういいだろう」という許しが必要だからです。これは子供の教育だけに限った話でしょうか?現在のネットやこれを取り巻いての失言ですが「まぁまぁ、もうそのへんでいいでしょう…。」という逃げというか許しが一切ないのが特徴ではないかと思うんです。いい大人がけしからん!という人もいます。いい大人は失言してはいけないのですか?即、社会的な制裁を受けなくてはならないのでしょうか?「自分で勝手にそうなっているだけだ」と言いますが、それくらいメンタルの弱い人かどうかも分からずにただ批判する危険は、子供のいじめと何が違うのかなぁと思った次第です。あと、匿名を謳っているような掲示板やツイッターなどでも匿名だからと安心していると、アッという間に個人を特定できてしまう世の中です。匿名に安心していてはいけませんよ…という事で。

今週のブログはこのへんで許して…ネ。


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