2012年08月05日

#0419 奥のほそ道のこと

閑さや岩にしみ入る蝉の声…まったく閑さなんてない中ですがセミが鳴いています。まだ東北地方は風情あるほうなようで、関東より西では騒音でしかないようで。店長です、こんにちわ。やはり夏はニガテ。


さて、セミですが世界には3000種類もいるらしい。一般的には10年以上を幼虫期として土中で過ごし、繁殖のために10数日間だけ成虫となって飛ぶと思っておりました。しかしよくよく調べてみるとアブラゼミでは幼虫期を6年間、成虫になると約1ヶ月間飛び回るようです。意外と長生きです。よくよく考えると幼虫期から数え大変長生きですよね。最長では20年近く生きるようですから、猫や犬と変わりない事になります。土中ではほとんど動かないため、何年も地下生活を堪え忍び、最後に羽ばたいて…というイメージでもないという。長寿であると同時に「鳴く昆虫」としても珍しいんですけどね。
奥のほそ道…有名な俳人、松尾芭蕉の句です。東北人であれば少なからず松尾芭蕉の句に馴染みがある事と思いますが、『閑さや岩にしみ入る蝉の声』は山形の山寺で詠んだ句ですね。この松尾芭蕉さん、じつは江戸幕府の密偵だったのではないか…という論があるのをご存知でしょうか?奥のほそ道の冒頭、松尾芭蕉は「松島の月、まづ心ににかかりて…」という理由から旅を始めます。その為に自宅を引き払ってまで資金を調達したようです。しかしそこまでして行った松島では一句も詠まず、一泊して通過しただけという。まぁ確かに日本三景というワリに松島は「安芸の宮島」「天橋立」ほど素晴らしいとは思えない…昔だからとかいうのを加味しても。松島ももっと街並みの整備からキッチリやればいいのに…とか思っていたりします。松島海岸の目の前に国道ですからね…。話が逸れましたが、『松島や、ああ松島や、松島や』なんて詠んだとか詠まなかったとかいう俗説もありますが、松尾芭蕉本人ではないでしょう。しかし彼は松島の手前、仙台ではずいぶんと熱心に市内観光をしています。こと伊達政宗で有名、仙台藩の軍事的要所となっていた松島の瑞巌寺、港として機能していた現在の石巻市なども熱心に見て回った史実があります。(ちなみに東日本大震災において松島は奇跡的といえるほど津波の被害を受けておりません!)松尾芭蕉の生い立ちも特殊です。生まれは伊賀(現在の三重県伊賀市)…つまり伊賀忍者の里!さらに18歳からは服部半蔵の一族に身を寄せていたというからコレは驚き!その頃の鍛錬もあってか、奥のほそ道の旅路では当時45歳だったにも関わらず全行程約2400キロを徒歩で旅し、結構なハイペースで歩いていた事になります。一人で旅をしていたわけではなく曾良という弟子も同行していますが、曾良は同じく幕府の任務を課せられおり、そのカモフラージュとして芭蕉の旅に同行したという説もあります。
すると…彼が詠んだ俳句はある種の暗号だったのではないか?とか勘ぐる人たちもおりまして、とっても歴史ロマンの心をくすぐられるわけですな。

こんなドラマあったんだ…チョット見てみたい。



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