2012年02月26日

#0396 一周忌のこと

トップページでもご案内しておりますとおり、昨年の3月11日からもうすぐ一年となろうとしております。店長です、こんにちわ。昨日の事のように覚えている男。

さて、震災で亡くなられた方々、そのご遺族様には大変不謹慎かもしれないのですが、もうすぐ一年ということはすなわち一周忌ということです。そしてこの一周忌のお供え需要は大変な事になる。発災直後から一周忌に手向けられるお供え花の心配と準備をしてきたわけです。大雑把に約2万人の方々が一周忌となるのです。地元をはじめ全国からお花の注文が殺到するはずです。特に3月は年度末や卒業式など何かと忙しい。一周忌とはいえ供養に伺えない方々も多いはずです。するとやはり「お花だけでも…」というご注文が増える事は十分に予想できる。人の生き死にで商売している部分も大きいお花屋さんとしては自重も必要な部分ではございますが、それでも事態が事態だけに一周忌のご要望を喚起しておくことと致しました。供養のお気持ちをお花に込めて制作をしたいと思います。
さらに不安要素がございます。3月11日のあと次の週は春彼岸です。ただでさえお墓参りの需要が大変な時です。特にまだまだ寒い時期だけに産地も限られ、その限られるであろう入荷のほとんどが大震災一周忌に向けられるとなると、翌週の春彼岸にはお花屋さんの店頭であってもお花がないなどの事態になるのではなかろうか…。そんな心配もしております。相場の高騰はもはや避けられそうにありません。当店をご利用の是非にかかわらず、また東北や宮城県に限らず、全国的な問題として春彼岸のお花には注意をしておく必要があろうかと思います。今からお花屋さんにご予約しておくことを強くお勧め致します。

余談ですが…先祖代々で長いことお花屋さん稼業をしておりますと「家訓」なども商売に直結したものが多く、妙なものも沢山あります。ご葬儀に行かれると分かりますが「清め塩」です。ご葬儀の場から「穢れ」(けがれ)を持ち帰らないようにと、参列者が帰宅前に「禊ぎ」(みそぎ)するために配布されていたり、葬儀会場の玄関先にあったりするものです。当家では当然、これを「穢れ」として捉えておらず、そのご不幸であっても商売とさせて頂いているという観点から「禊ぎ」など失礼千万という発想です。「背負って帰ってきたなら家でもてなせ。満足させて帰って頂け。」という妙な理屈からです。厳密には死者の霊という意味でなく、「死の穢れ」としてもそこに商売が絡み、それで生活していることを否めない当店は尚更です。さらに余談ですが「穢れ」とは「汚れ」ではなく、反意語に「清め」があるためキタナいように思われがちです。しかし仏教や神道などにおいて必ず出てくるこの概念は「対極」「二択」の典型です。この世とあの世の境目や生死の境、元来そういった二極の境目を「穢れ」といい、どちらかにハッキリしていない状態を指します。どちかにもハッキリしていない状態で神事や仏事は行えないことから「清め」て両極のどちらかになるという儀式を行う。その儀式は当然ながら仏事・神事の儀式に向かう為に行うもので、帰宅に際して家に持ち込まない等の意味とは明確に異なります(家で儀式を日常的に執り行っている聖域なら話は別かもしれませんが)。議論によれば葬儀での「清め塩」が始まったのは明治以降であまり長い歴史がなく、仏事・神事をゴチャゴチャにしてしまおうという悪意の文化が根付いてしまったとの見解もあるほどです。「禊ぎ」に塩を使う起源は「古事記」で、イザナギが黄泉の国で腐敗した妻の姿を見て逃げ帰った後、身体を海水で禊いだことがその始源とされています。仏教でも神道でもないんですね。海水で禊ぎをする儀式が未だ色濃く残っているのは空手などの「寒稽古」ではないでしょうか。武道の世界では神棚に一礼というのがありますしね。
日本の文化を…とまでは言いませんが、昔からの習慣や風習にはかならず意味があるもので、調べていくほどに唸らせられるわけです。一周忌にも当然重要な意味がありますが、それはまたの機会に…。


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